無職をネタにできなかった話
先日、初対面の人と「仕事」の話になった。
「お仕事は何時くらいに終わられるんですか?」
と言った事を聞かれたと思う。
なんてことのない質問だ。
しかし、俺はその瞬間、痴漢をしている時に手を捕まれたようにどきりとした。
仕事関連の質問をされた瞬間に、全身が硬直し、顔は火照り、脳はオーバーヒートした。
それくらい衝撃的な質問だったのだ。
なぜならその時、「無職です」と答えようと思ったが、急激に恥ずかしくなり言葉が出なかったからだ。
そう、無職であることが恥ずかしい、羞恥的なことだと強く思ったのだ。
人によれば、それは当たり前のことかもしれない。無職は恥ずべき、隠匿すべき、墓まで持っていくべき問題だと考えている人も多いだろう。
しかし、俺はそうは思っていなかった。ネット上では無職であることを自らネタにし、笑いを取っていた。だから現実世界でも同じように軽やかに笑いにできるとあのときまでは信じていたのだ。
現実には違った。
恥ずかしかった。
それを言った瞬間、自分が目の前の人間よりも一段下の人間であることを表明し、負けてしまうと思った。無能だと思われると思った。
社会性がないと思われると思った。
貧乏であると思われると思った。
俺は己の事を無職であることを開き直り、世の中の「仕事をするのは当然」という考えに唾を吐いている自由人だと思っていた。
しかしその実、ただの「仕事がないって恥ずかしいよね」という一般的な考えを持つうんこ食べ太郎だったのだろうか?
いや、単純にそうともいえない。これは文脈の問題だ。ネット上では無職をネタにするツイート、レス、日記が溢れている。その中で、無職であることを表明し、笑いをとるのは恥ずかしいことではない。
つまり、そういう土台があったからこそ俺は無職をネタにできていた。
しかし、俺はそれを勘違いし、自分が無職であること恥じていないひょうきん人間であると思っていたのだ。
そのメッキがたった一つの質問で剥げた。
今俺が無職であることを恥ずかしいかと聞かれると別に恥ずかしくはないと答える。しかし、無職であることを表明するのは恥ずかしいとも言うだろう。
まあなんにせよ、俺は無職を恥ずかしいと思ったし、恥ずかしいと思った自分がさらに恥ずかしくなったし惨めだったしで、また一つ自殺をする理由が増えた。
って話。
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