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25歳ニートが35万円で上京を企むブログ

ニートが上京をしてプログラマーを目指します。

俺の人生が小説になる?????

ある小説家は文章上達法として

「目指す小説家の文章を写経しろ。1日2時間2年ほど。いや、もっとかかるかもしれない。5年10年・・・そしてそれだけかけても物にできるかはわからないのだ」

と言った。

写経ではないが、俺も一日30分ほど好きな小説家の文章を音読していたことがある。残念なことに全く効果が現れず、その小説家の文体は俺に憑依していない。

そうえいば、ちょっと人と違う人生を送っていると「お前小説家になってその人生を書けば売れるんじゃねwwww」などとアドバイスをする人がいるが舐めないでほしい。(いたるところでこのやりとりは観られる)

無理だ。

小説をそれなりに読んでいると分かるのだが、個人の変わった人生などというものは小説に簡単に落としこめるものでない。プロット重視の小説を書こうとしても、世に出回っている小説のプロットは現実の人生など及びもつかないほど複雑怪奇さであるので、個人の人生が入り込む余地はない。とするならば純文学だが、類まれなる文章力が必要とされるので難しい。

社会に出れば、もっと面白い文章を書けるようになると思っていた。世間を知れば、俺の文章も知恵をつけ空を飛ぶと思った。しかし、大学生のときの方がもっと小説を描くのに向いていた脳をしていた気がする。社会に出ると人間の悩みは世俗的になる。「お金がない」「人間関係がうまくいかない」「将来が不安」など、つまらない悩みが脳細胞のファンタジックな部分を食い破る。文章のテーマが世俗的になる。じゃあそれをそのまま小説にすれば?となればまあ最初の話に戻る。

今日はこんな話を書いてみた。最近ブログの更新頻度が高いのは、あまりに脳を使っていないので文章でも書いて多少は活性化させないとならないと考えているからだ。

では、さようなら。